ハンガリー・バグパイプ・オーケストラ


Magyar Dudazenekar

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初稿+カウンター設置 : 2007-12-30 / 最終更新 : 2007-12-30




沿革

1. 結成に至るまで

マジャール・ドゥダ・ゼネカル Magyar Dudazenekar (以下MDZ) 結成メンバーは、1970年代初頭に始まったハンガリーの伝統芸能復興運動 におけるドゥダ演奏家や民俗音楽グループのメンバーからなります。その多くが "新世代民俗芸術家" の称号を勝ち取っています。
1977年にはブダペストの音楽小学校に、チョーリ・シャーンドル Ifj. Csoóri Sándor (#1)がドゥダ教室をスタートさせました。それ以来、後進の指導や音楽家同士の共演などは途切れなく続いています。
1980年代前半には、毎年夏にドゥダ講習キャンプを開催し、年老いた農村のドゥダ伝統保持者と一緒に全国の青少年クラブ(#2)にて演奏会を開き、さらには内外からの依頼に応えて演奏活動をしてきました。


2. 結成後

その結果として1989年1月に、総勢13人のメンバーにてMDZが結成されました。結成直後から1年以内にテレビやラジオの収録をこなし、ハンガリー国内の有名な各民俗芸術祭から招待されただけではなく、外国のフェスティバルや、チャリティーコンサートなどにも出演するなど、瞬く間にその名を認めてもらえることになりました。
MDZのレパートリーは、ドゥダ伝統音楽の演奏だけではなく、ドゥダに直接結びつく伝統音楽や、この不思議な楽器に関係のある伝統、伝承、伝説などのパフォーマンスも含まれます。
1990年代はMDZにとって静かな、しかし動きのある、熟成期間とでもいうような時代となりました。まず多くの音楽学校で、他の民俗楽器と同様にドゥダも教育科目の一つとなりました。また一般教育においても、小学校の音楽指導要領にドゥダの紹介も含まれるようになり、さらにはドゥダ音楽の研究書や教本など、専門書の発行が相次ぎました。そして夏季休暇中には多くの音楽キャンプが開催されるようになったのです。
1992年に結成メンバーの1人、ラーニ・ジュルジLányi György (#3)が「ドゥダの音が聞こえる」基金(Dudaszó Hallatszik Alapítvány )を設立。そこに集まった後援金により、楽器の調整や修理をこなし、ハンガリーのドゥダ音楽を世界に広めるための活動を続けています。
1996年の末にMDZのメンバーがブダペストにクラブ(MDZクラブ)を開きました。そこでは毎週メンバーが集まってレパートリーの練習をするだけではなく、ドゥダの楽器としての知識を深めたり、ドゥダに関わる各メンバーの経験を通しての情報交換などを、定期的に行うようになりました。
1999年の春には、結成10周年を祝って、結成時の初舞台の会場で記念コンサートを開きました。
そして結成15年目の2004年夏、ついにMDZのCDが完成しました。またその年の秋には、カラカシュ・ゾルターン Karakas Zoltán の発案により、MDZ「煤けたベンチ(#4)」ドゥダ・ターンツハーズ(#5)が始まりました。


# 注釈
  1. 世界的に有名なムジカーシュ・グループの設立メンバー。現在はジュニア・ムジカーシュ・グループのリーダー。
  2. 当時は社会主義国だったので、全国に大小の青少年クラブがあった。
  3. 伝統芸能復興運動以降のハンガリーを代表する民族音楽バンドの1つ、テーカ Téka Együttes のメンバー。
  4. 「煤けたベンチ Padkaporos」とは「煤けたベンチのパーティー Padkaporos Bál」からの言葉で、ハンガリー南部や南西部の農村で祝日や年中行事とは関係なく毎週のように集まっていたターンツハーズ(#5)のことを指す。
  5. ターンツハーズとは、エルデーイ(トランシルヴァニア)地方のハンガリー人の集落で、娯楽として踊りを楽しむ集会(あるいは場所)の名前であるが、1970年代に始まった伝統芸能復興運動で、ブダペストにターンツハーズが生まれて以降、この名が一般的な名称となり、現在ではハンガリーの大小の都市にも広まっている。故にハンガリーの伝統芸能復興運動のことをターンツハーズ運動( Táncház Mozgalom )と呼ぶ。

連絡先



ハンガリーのバグパイプ "ドゥダ" について


1. 名前について

ハンガリーのバグパイプをドゥダと呼びますが、別名として「革のドゥダ」、「ティリ・ドゥダ(羊飼いの笛のドゥダ)」、「チューブ(袋)の笛」などと呼ばれることもあります。
空気を溜めるための「袋」の素材は動物の革です。たいていは羊の革か山羊の革を使いますが、ところによっては犬の革も使います。そしてその革の素材によって「山羊のドゥダ」とか「犬のドゥダ」と呼ばれます。
話が少々脱線します。犬を呼ぶハンガリーのスラングに「ズタ袋」というものがありましたが、これは同時に「犬のドゥダ」のことも意味しました。


2. ドゥダの各部分について

ドゥダの心臓部とも言うべき、旋律管と伴奏管(後述)の2つのリードが隠れた部分を、そのまま「ドゥダの頭」または「冠木」と呼び、山羊の頭を模した木工彫刻が施されています。ここには内側に重要な空洞があり、外側には簡単にドゥダ=ハンガリーのバグパイプと認識できる装飾があります。この装飾はハンガリーがキリスト教を国教と定める前に存在した太陽信仰(シャーマン信仰)の名残が残っています。
装飾の1つは、彫刻された山羊の額の部分にある、菱形、あるいはハート型の鏡で、太陽を表します。もう1つは角の先にある玉状の装飾で、これは牡牛の角を表すと同時に、月を表しています。そして目は星のように輝いています。

このドゥダの頭の内部にある2つのリード、旋律を奏でる管と伴奏管について説明しましょう。
旋律管は1オクターヴの半音階の音列をもち、伴奏管は基音と完全五度(ド−ソ)の2つの音によりリズムを刻みます。
そして空気袋から伸びるもう一つの管が旋律管よりも2オクターヴ低い音を出すドローン(持続低音)を担当します。
つまりハンガリーのバグパイプ、ドゥダの最大の特徴は、1つの楽器で3つの要素−メロディーとリズムとベース(ドローン=持続低音)−をもつことです。この他に類をみない構造が、音楽的にも固有のものをもたらすのです。

3. ドゥダの来歴と伝統について

ドゥダの最も古いものは7世紀まで遡ります。この時代のドゥダは、まだ動物の膀胱の袋に二重管がついているだけでした。後に現在の形になると、それは瞬く間にハンガリー人だけではなく、周辺の民族にも広まりました。そのためか周辺民族のドゥダにも、ハンガリーのドゥダのように、山羊の頭を模った二重管がよく見られます。
ドゥダの原型は、二重にして2つの声部を演奏できるようにした単純な葦笛と思われます。この二重の葦笛は、現在では極一部の地域にしか残っていません。ヴォルガ地方の少数民族のドゥダ、コーカサス地方やアナトリア地方などの二重笛、そしてスペインのバスク人のアルボカと呼ばれる楽器です。
伝統的なハンガリーのドゥダは、農民や牧夫の楽器です。彼らは娯楽としての舞踊の伴奏だけではなく、お産からお葬式に至るまで、あらゆる機会に楽器を鳴らしました。さらに最も重要な年中行事の祝日(ハレの日)―春分の日や秋分の日、クリスマスや夏至の晩―などにも演奏するなど、伝統文化の中心にあったのです。



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